「浪江町住民のタブレット活用を考えるアイデアソン@福島 vol.2」に参加して、色々考えた結果、モヤモヤした話

2014年6月14日に福島県いわき市にて開催された、「浪江町住民のタブレット活用を考えるアイデアソン@福島 vol.2」というイベントに参加してきました。

  • 放射能の影響で全国46都道府県に散らばって避難している 浪江町住民のみなさん
  • 1世帯あたり一台の タブレット を配る計画があるから
  • バラバラになってしまった 地域の絆を再生 するためのアプリのアイデアを考える

というのが今回のアイデアソンのテーマになります。

参加者は約50名。福島での開催ということで、参加者の中には、浪江町の住民の方や福島県にお住まいの方もいらっしゃいました。

参加したことで、自分にとって考える良い機会になりました。アイデアソンを運営されているみなさん、参加者のみなさん、本当にありがとうございました。

この記事では、参加する前に感じていたモヤモヤや疑問が、参加したことでどうなったのかについて書いてみようと思います。

参加した理由

今回のアイデアソンに参加したのは、「現地のみなさんの生の声が聴きたい」と思ったからです。ここ最近、浪江町のタブレット配布事業に関連したいくつかのイベントに参加する中で、そう思うようになりました。

イベントに参加したことで、僕個人として得られた経験や学びはたくさんありました。自分にとってそれはとても素晴らしいことでした。

でも、イベントに参加する回数を重ねるたびに、自分の中で以下のような疑問が湧いて来るようになりました。

  • どうしてタブレットを配ることが前提になっているんだろう。近隣の自治体で先行して配布した時は利用率が低かったみたいなのに、それでもタブレットを配布しようと思わせる魅力って何だろう。
  • 浪江町の住人のみなさんは、配布されるタブレットにどんなことを期待しているんだろう。そもそも期待しているのかな?
  • 住人のみなさんが抱える課題って、ペルソナから読み取れる情報だけでカバーできてるのかな?
  • こういう疑問が解決しないままアイデアを考えることにどんな意味があるんだろう?

そんなモヤモヤとした気持ちの中、現地のみなさんの生の声が聴ける、今回のアイデアソンの存在を知りました。モヤモヤを解消するには行くしかない!と思い、参加することにしました。

アイデアソンの流れ

これまでと同様、たくさんの参加者が協力してアイデアを生み出すために工夫された方法と、すばらしいファシリテーションによって、アイデアソンは進行していきました。3時間という比較的短い時間の中で、最終的に10個のアイデアが生み出されました。

どういう流れでアイデアが生み出されていくのかについては、以前参加したアイデアソンのレポート記事にまとめてますので、よかったら見てください。

「WebRTCを使って復興支援アプリを作ろう〜WebRTCアイデアソン〜」に参加しました。

タブレットへの期待と懸念と個人的な違和感

アイデアソンでは、浪江町の住人の方や、その近隣で生活されている福島県民の方のお話が聞けるタイミングが何度かありました。

話の中で「タブレットへの期待」に関連して聴けたのは、「タブレットで具体的に何ができるようになるのかはわからないけど、自分たちの生活を劇的に楽しいものに変えてくれるものだと期待している」という意見でした。

この期待に応えるためには、タブレットをただ配るだけではいけません。タブレットを使って利用者のみなさんにどんな価値を提供するかがとても重要です。そのアイデアを考えるのが、今回のアイデアソンの目的なんだと思います。タブレットを使って何を提供するのか、コンテンツやアプリが何もない状態だと、期待には応えることができません。

一方で、「タブレット配布に関する懸念」に関して聴けたのは、「今、おじいさん・おばあさんに携帯電話を使ってもらうのにも苦労している状況なのに、タブレットをただ配っただけだと使ってもらえず、タンスの肥やしになるだけではないか」という意見でした。

今回生まれたアイデアには、配布されたタブレットがタンスの肥やしにならないように、機械モノが苦手な人にも簡単に使えるように考慮したものや、タブレットに対して愛着を持たせるように工夫したものがいくつかありました。それぞれのアイデアはとても素晴らしいものだったと思います。

でも、これって少し違和感ありませんか?だって、今よりもプラスの状態を生み出すためにタブレットを配布するはずなのに、アイデアを考えるためにタブレットのマイナス面を解消することにフォーカスしなければならなくなってるんです。

自分はどうしてタブレットが配られること前提でアイデアを考えていたんだろう。自分のなかでなんだかとってもモヤモヤしました。

ペルソナと生の声

今回の一連のアイデアソンでは、参加者へのインプットとして、浪江町住民のみなさんからのヒアリング結果を事前にまとめた、5パターンのペルソナ(利用者像)が用意されています。参加者はペルソナをもとにして、それぞれのペルソナが抱える課題を読み取り、それを解決するためのアイデアを考えるわけです。

このペルソナに関しても、アイデアソンに参加されていた浪江町住民の方から話を伺う機会がありました。その方がおっしゃっていたのは、

  • このペルソナが町民のすべての声を拾えているとは思えない。絶望を感じて、ずっと閉じこもっている人もいる。そういう人たちの声はこのペルソナに入っているのか。
  • ペルソナの人物写真がすごく笑顔なことに違和感がある。

といった内容でした。つまり、ペルソナはヒアリングした生の声をまとめたものだけど、ペルソナをつくる過程で情報が抜け落ちてたり、誤った情報になっていたり、そもそもヒアリング漏れがあったかもしれないということです。

ペルソナがあることで、想定する利用者像が把握しやすくなり、利用者が抱える課題を解決するためのアイデアが生み出しやすくなります。でも、ペルソナってあくまでも利用者像を把握しやすくするためのツールでしかなくて、アイデアを考える人は、実際の生の声をできる限り見聞きしておく必要があると思うんです。

今回の一連のアイデアソンの参加者は(少なくとも僕自身は)ペルソナが作られた過程を知りません。現地の人の生の声を聴いたことがない状態で、ペルソナに書かれた情報だけをもとにして、ペルソナに書かれた人物像が抱える課題を解決するためのアイデアを考えていました。でも、本当にその課題こそが解決すべき課題なんでしょうか。

生の声があってこそのペルソナです。自分がインプットした生の声を整理するためのツールがペルソナです。少なくとも自分はそう思います。

なのに、自分はどうしてペルソナだけをもとにしてアイデアを考えていたんだろう。自分のなかでなんだかとってもモヤモヤしました。

おわりに

今回福島でのアイデアソンに参加したことで、実際に困っている浪江町や福島県の住民の方の生の声を聴くことができました。でもきっと、まだまだ十分だとは思えません。アイデアソンに参加するような人は行動力も発信力もある人で、でも実はそうではない人こそが、解決すべき課題を抱えているんじゃないかとも思います。

そこまで掘り下げて生の声を聴くことは、とても覚悟のいることです。生半可な気持ちではできないことだと思います。でも、そうしないと本当に課題は解決できないはずです。今回福島でのアイデアソンに参加したことで、ようやく気づくことができました。

じゃあ、東京で、漠然とした利用者像と課題感のもとで、アイデアソンに参加して、タブレットが有効的に利用されるためのアイデアを考えることって、一体どういう意味があるんでしょう。

自分自身の勉強や経験になることは間違いないと思います。でも、実際に課題を抱えている人たちにとってはどうなんでしょう。価値が無いとは思わないけど、なんだかストレートなアプローチじゃない気がするんです。参加する前に感じていたモヤモヤは、参加した後もモヤモヤとして残りました。このモヤモヤはどうすれば解消できるかな。

以上です。ありがとうございました。