ユーザひとりひとりに対して不利益を与えていないか考えたいね、という話

今日、引越し後の諸々の手続きをしに区役所に行ったんです。そしたらすごく混んでいて、結果3時間ほど待つはめになりました。きっと他のお客さんも同じくらい長い間待ってたはず。自分は、区役所の手続きが終わったあとに用事を控えており、人も待たせていました。待っている間、「用事あるんだから自分だけ特別扱いしてくれー!」みたいな自分勝手な感情が湧いてきて、イライライライラ。

そんな中、頭の中にふと浮かんできたことを書き留めておこうと思います。

(突然ですが)Webサイトやサービスを運営していると、次のような判断の場面に出くわすことがあります。

  • 「ABテストでパターンBのコンバージョンレートが有意に改善しました。なので、パターンAは廃止し、全面的にパターンBを採用します。」
  • 「エラーが発生したのは全体のうち0.0001%のアクセスでした。なので、このバグの対応優先度は低めに設定し、KPIに寄与しそうな他の案件の優先度を高くします。」

前者は、WebサイトのKPI改善のためにABテストを実施している時の例。後者は、Webサイトに何かしら障害が発生した時の例。どちらも、できるだけ少ないコストで、(Webサイト全体としての)大きな成果を得るための判断です。

でも、何らかの事情でパターンAのほうが使いやすかった特定のユーザーにとって、この判断はどうだったのでしょう。パターンBが採用されたことで、そのユーザーにとってサイトがものすごく使いづらくなってしまったら?同様に、エラーが発生する0.0001%に偶然あたってしまった特定のユーザにとってはどうでしょう。そのユーザにとってすごく大事な目的が、エラーによって果たせなくなっていたとしたら?コストと得られる成果のバランス的には合理的な判断だったのかもしれません。でも、その判断によって困ったことになったユーザは確かに存在します。

区役所をWebサイト、区役所のお客さんをWebサイトに訪れるユーザに置き換えてみるとどうでしょう。区役所の立場からすると、自分がイライラしている事情なんてどうでもいいはず。一方、(僕の事情は超身勝手ですが)お客さんの立場からすると、自分の事情のこと理解してもらいたい。特別扱いしてもらいたい。区役所だと、お客さんや働いている職員の人や、業務のフロー・ルールなど、いろいろな理由や制約があって、それは難しいことかもしれません。でも、Webサイトだとどうでしょう。きっと今は同じような理由や制約が邪魔してできていないのかもしれないけど、技術の進歩や考え方の転換でどうにかなりそうな気がします。

もし、そういった制約を取っ払う新しい技術や概念が登場することで、今よりも少ないコストでひとりひとりユーザーに対しておもてなしができるようになる。そうなれば、Webサイトも、もしかしたら区役所も、今よりももっとユーザーフレンドリーな、素晴らしいものになるんじゃないかと。

全体最適だけを考えるのではなく、「ユーザひとりひとりに対してに何か不利益を与えていないか」という考えを頭の片隅に普段から置いておくことも必要じゃないでしょうか。当たり前のことを言っているかもしれませんが、自分が忘れてしまわないようにするためにも、ちょっと書いてみました。