92: 「書く」ことの大事さについて

Published on
December 1, 2022

概要

以下のエッセイを読んだり、今日仕事中に同僚と対話する中で感じた「書く」ことの大事さについて話しています。

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皆さんこんばんは。カトッペFM第92回の配信です。 このポッドキャストはですね、僕ソフトエンジニアのカトッペが日々仕事をする中で感じたこと、考えたこと、学んだことを ゆるーくお話しする番組です。 はい、今日はですね、さっきまで仕事をしていたんですけども、少し息抜きをしようかなということで、一旦休憩してポッドキャストの収録を始めています。 このポッドキャストの配信を再開してから いつかすぐネタが尽きてしまうんじゃないかみたいな不安が多少あったんですけども、意外とやってみるとそんなことはなくて 1日1回しか配信しなかったらどんどんネタが積み上がっていっちゃうみたいな、そんな感じになっててどんどんどんどん話していきたいなって思っています。 やっぱり頭の中の考えていることとか、もやもやしたものを外に出そうとすることで、何でしょうね、日々の過ごし方も変わるというか これはこういう捉え方ができるかもしれないな、こういう学びにつながるかもしれないな、みたいな 自分のなんとなく過ごすんじゃなくて 何かしら周りから情報を得ようとする、それを自分のアイディアにつなぎようとする意志が働くなと思って いいですね。何でもいいから発信すること、アウトプットすること、そういうのが大事だと思います。 今日お話ししようと思うのは、今の話に関連しているんですけれども とあるブログを読んで考えたことだったりを話そうかなと思います。 読んだのが外国の記事なんですけれども、ポール・グラハムさんという有名な方がいらっしゃるんですけれども その方のエッセイで、タイトルは「The Need to Read」ですね。 内容はぜひ皆さん読んでいただきたいのと、すごく短いエッセイなので一瞬で読めます。英語ですけど。 何が書いてあるかというと、さっきと似たような話で、書くことでしかできない思考というものがありますよという話です。 どういうことかと言いますと、 解き方が明確で、シンプルな課題、自明な課題は頭の中だけで考えて解けるかもしれないけど、 複雑で不明確な課題を解決したいような場合は、文章として書くことがすごくいいですよという話です。 良いアイディアをよく考えるためには、よく書かなきゃいけないし、よく書くためにはよく読まなきゃいけないということで、 インプットから考えるのではなくて、アウトプットから考えて逆算して、それに必要だから何かを読もうみたいな、そういう考え方なのかなと思いました。 こうやって、僕も今、ポッドキャストで自分の考えを声にして話すという形でアウトプットしてるんですけども、 今は完全に一人言ですけど、人と何かしら自分の考えを交換する、対話する、話すということもすごく重要です。 しかし、やっぱり書くことには及ばないというか、話すこともすごく重要で気づきを得られるんだけど、書くことでしか得られない気づき、思考というものがあるんだよというふうにこのエッセイでは主張されていました。 すごく納得するというか、共感したんですよね。 例えば今自分がポッドキャストで、なんとかアウトプットの癖つけようと思って喋ってますけども、これだけでは多分不十分で、最終的にはその言葉にしたものをブログとして、あるいは何かしらの文章としてちゃんと整理して書くべきだし、 整理するっていう行為が、すごく自分の頭の中のアイデアを整理する、あれ? 信二郎文法みたいになりましたけども、アイデアをより良いものにしていく手はずって手段になるんじゃないかなというふうに思います。 なので、例えば仕事でも、とりあえずモヤモヤした状態のものとか、抽象的な状態のもの、どうやってこれをゴールに導けばいいのかわかんないなっていうものも、とりあえずドキュメントに残すべきだと思うんですよね。 だから、その中で、自分の頭の中のアイデアを整理して書くというのは、そのまま文章に残す。 今自分が何を考えているのか、自分自身で客観的に捉えることができたりとか、ここがちょっと情報不足しているからインプットしよう、ここが少し他のところと比べて全然構造的に整理できないから整理してみよう、みたいなことができたりとか、 あるいは文章にすることによって他の人がそれを見てフィードバック、コメントできるみたいなこともあるなと思います。 また、文章だけじゃなくて、ドキュメントとか、コードを書くとか、デザインをフィグマで書くとか、 なんか見ろみたいなやつでワイヤーフレームを起こすとか、そういうことも一緒というか、書くことに入るんだろうなって思っていて、 文章だけじゃなくて、何かしら手を動かして構造的なアウトプットを出すっていうことが日々の仕事の中で大事だし、自分としても気をつけて意識していきたいし、 例えば一緒に働く人たちにもすごくそうした方がいいよとか、一度ドキュメントにしてみないとか、そういうことを推奨していく、おすすめしていくことができたらなと思います。 ちょっと話が変わるんですけど、書くために読む、アイディアを良くするために書くという以外に、他にも書くことのメリットがあるみたいな話を、 今日たまたま会社の人と話してて、いい気づきが得られたんですけど、何かっていうと、 例えばソースコードの書き方とか、開発をしていく中で、自分の好き嫌いとかポリシーとか哲学みたいなものがアウトプットに現れる時ってあるじゃないですか。 それで、人によって結構異なる、好き嫌いが違う、人によって異なるっていう話なので、ぶつかったりすることがよくあるんですよね。 よく見たことがあるのが、自分はこれがいいと思う、相手は別の方法がいいと思う。 正直、本来の目的、なんでそのプロダクトを作るんだっけ、その機能を作るんだっけ、みたいな目的からすると、どっちでもいいっていうことなんですけど、 本人たちが好き嫌いによって、凄く衝突してしまって、どっちにしようかって意識できずに、硬着しちゃうみたいな、 そういう状況ってあるよね、みたいな話をした時に、ある人が、ポエム、積極的にポエムを書く文化を作ってみよう、見たらどう?みたいな話をしたんですね。 例えば、正式なドキュメントじゃないっていう意味でのポエムなんですけど、本当に個人的な、主観的な内容で全然よくて、 自分はこれが好きです、自分はこれが嫌です、なぜなら、どうして、みたいな、 どういう気持ち、どういう、背後にどういう思想があって、それが好き嫌いが発生しているのか、そっちの方でやりたいと思っているのか、みたいなことを、 なんでもいいから、書いて、ラフに書いていける場所があるといいよね、みたいな話があったんですね。 で、なんだろう、 なんで、好きとか嫌いとかで衝突して、交着しちゃうかっていうと、 相手のことを正しく理解できてないというか、なんでそれが好きって言っているのか、なんでそれにこだわっているのか、わかんねえよ、みたいな、 そういう状況だと、だからだと思っていて、それ以外にもあるかもしれないですけど、そういうのも一つあるかなと思います。 ちゃんと曖昧に、曖昧な状態でコンフリクトしちゃうんじゃなくて、常日頃から自分の好き嫌いをアウトプットして、 それを、それが、ちゃんと読めている、他の人にも周知展開されているような状況になることによって、 自分はこのやり方嫌いなんだけど、相手はこういう風に、理由で好き、これを押し通そうとしてるんだなっていう、少なくとも理解はできると、 自分は変わらなくてもいいんですけど、理解はできると、相手が違う人なんだってことを理解できる。 それだけでも、 そういう衝突が起きる可能性ってすごく減らせるなと思ったんですよね。 その上で、 あの、 どっちかが折れないといけない状況だと思うんですけども、相手のことを理解していることで、ある程度飲み込めて、折れることができる。 みたいな、 そういうことにもつながるなと思っていて、 なので、ちゃんと自分のスタンスっていうのを、 他の人たちに伝えるために、何でもいいから、主観的でもいいから、何でもいいから、 お気持ちみたいなものをどんどんどんどん書いていくことで、 自分の考えが、自分も理解できると思いますし、他人も理解できる。 それによって、 より目的に向かって、 建設的な議論をすることができる。 生産性がない議論にたくさん時間を費やすことなく、 一手で終わらせて、よし次々大事なことを考えようっていうふうに切り替えることができるんじゃないかなぁと思って。 これもこう書くことのすごく大事な側面だなって思ったんで、今日合わせて話してみました。 自分のスタンスを示すために書く。 と、 書くことでしかできない思考を得るために書く。 書くために読む、みたいな、そんな話ですね。 今日はそんな感じかな。 なんかこう、いろいろ今、こういう開発組織、文化がいいよね、みたいなのを、 これからどんどん会話していくフェーズだったりするんですね。今の自分がいる会社は。 そういうことができる時期に今いるっていうのはすごく幸せなことなので、 少しでも みんなでいろいろ話しながら、 目的を達成できる、いい素晴らしいチームを作っていきたいなって気持ちに今日はすごくなりました。 はい、そんな感じです。ここまで聞いてくださった方ありがとうございました。 次回もまた配信しますので、よかったら聞いてください。それではまた。