「すべてを解決しない」という意思決定
「全部解決したい」という衝動
先日、開発チームの体制変更と開発プロセスのアップデートを行った。複数のチームがより同時並列で動ける状態を目指した変更だった。
その後の振り返りの場で、変更に伴うトレードオフについて、一緒に働く人たちからいろいろなフィードバックをいただいた。どれも共感できて納得感のあるフィードバック。
僕はこういう場でフィードバックをもらうと、全部なんとかしたいと思ってしまう。出てきた課題を全部解決したい。一つひとつに手を打ちたい。いただいたフィードバックになんとか応えたい。それが自分の性質だと思う。
でも、出てきた課題をすべて解決しようとすることが、本当に正しいアプローチなのか。限られた時間の中で、本当に全ての課題を解決できるのか。一度、立ち止まって考える必要が出てきた。
一番重要な課題にフォーカスする
出てきた課題を並べてみると、それぞれが独立した問題ではないことに気づいた。ある課題が別の課題を引き起こし、その課題がさらに別の課題につながっている。
課題同士の依存関係を辿っていくと、一番重要な根本課題が浮かび上がってくる。そこにフォーカスできれば、他の課題は芋づる的に解消されるか、許容できるレベルに落ち着きそうだった。
また、変更には必ずトレードオフが伴うもの。すべてのトレードオフを解消しようとすれば、変更前の状態に逆戻りしかねない。変更によって得たものをなかったことにしてしまうと、それは元も子もない。
すべてを解決しようとするのではなく、一番重要な課題を見極めて、そこにフォーカスする。自分の中で「すべてを解決しない」という意思決定ができた。
やれることが広がった時こそ、フォーカスが問われる
最近、会社の中での自分の役割が変わり、アプローチできる課題の範囲が一気に広がった。視野が広がり、見えるものが増えた分、手を出せるものも増えた。
だからこそ、ますますフォーカスすることの大事さを痛感している。
次から次へと新しい課題にぶつかる日々の中で、すべてに対処しようとすると、結局どれも中途半端になる。表面的に手を打って回るだけで、何も根本的には解決しない。忙しいのに何も進んでいない。得たいものも十分得られず、課題もしっかり解決できていない。そんなよろしくない事態に陥ってしまう。
「すべてを解決しない」というのは、消極的な課題解決を諦めることじゃない。何が一番重要な課題かを見極め、そこにフォーカスするという積極的な意思決定だ。フォーカスした結果として、目的が一番いい形で達成できる。
とはいえ、ついつい忘れてしまいがち
目の前に課題が現れるたびに、つい飛びついて手を出したくなる。誰かが困っていると、なんとかしてあげたくなる。それは自分の特徴・特性であり、全部が悪いことだとは思わない。ただ、その衝動のままに動くと、フォーカスを見失う。
すべてを解決しない。でも、一番重要な課題には絶対にフォーカスする。その見極めを、一つずつ積み重ねていきたい。ただ、自分だけじゃ難しい。周りの人からも「待て」って言ってもらえるように、関係性を作っていきたい。
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